| ■こんぺいとう 2 ―おもちゃのトーイ― 2 ■ 「・・・・・あ、あれ?」 「・・・・・・・・・・をい」 頬に一筋冷や汗を伝わせる彼女。 「あれ?じゃねえ」 怒気をはらんだ声で、不機嫌そうに眉をしかめる彼。 「あたし・・・いつの間に・・」 そう呟いて、刹那、はっとして、 「ああああああ、カ、カワハシ!一体あたしに何をしたー」 「何もしてねーよ」 「だったら、何であたしがココに居るの!?」 瞳に怒りの炎を浮かべ、あまつさえ涙なんぞ浮かべながら、彼女、高梨輝愛は、目の前の男、川橋千影のTシャツの襟元を掴んで、かっくんかっくんさせる。 「だああ!やめんかいクソガキ!」 千影が怒鳴り、彼女の両手を鷲掴みにし、そのままぐい、と持ち上げる。 輝愛は、丁度手枷をされたままバンザイをさせられるような状態になる。 そのまま千影は輝愛を見つめ――― ―――はあ。 一つため息をつく。 その様子を、まんじりともせず無言で口をとんがらせながら見つめている輝愛。 「・・・いいか、良く聞け」 千影は辛辣な面持ちで口を開く。 「――――お前は、病気だ」 ◇ 気が付くと、知らない部屋に居た。 ぼやける目をこすって、思考を起動させる。 白い天井。 グラスグリーンのカーテン。 畳の見当たらない室内。 そして、煙草の煙の匂い。 ―――ああ、そうか。 むくりと起き上がり、やっと状況を把握する。 「・・・拾われたんだっけ、あたし」 借り物のTシャツとジャージに微かに染み付いた、煙草の匂いと、自分はつけたことが無いからよく分からないけど、恐らく香水の類の香り。 慣れないはずのその芳香に、何故か懐かしさすら覚えた。 「―――――煙草くさい」 「悪かったな。煙草くさくて」 ぽそりと呟いたつもりが、どうやら早々に起床していたらしい彼の耳には届いてしまったらしい。 「ひっ!」 驚いて小さく息を飲む。 その視線の先には、ダイニングテーブルに頬杖をつき、ホットコーヒーの入ったマグカップをもてあそびながら煙草をふかすという、何とも器用な真似をしている男。 「・・・・・・・・・オハヨウゴザイマス」 輝愛は、頬を引きつらせつつ布団を抱きしめ、小声で言った。 彼女は昨晩深夜、千影に拾われ、この家に連れてこられた。 帰宅するなり服をひっぺがされ、風呂に突っ込まれ、髪の毛を乾かす事すら忘れ、気付くと深い眠りの中に落ちていた。 だから、この彼、千影とちゃんと面と向かうのは、実は初めてだったりするのだ。 その第一声が、 「煙草くさい」 である。 輝愛からしてみれば、何のことは無い、寝起きの呆けた一言ではあるのだが。 相手に取ってはどうだろうか。 こんな、行く当てもない自分を拾ってくれた事に対する第一声が、そんな非難とも取れる発言だったとしたら。 怒るのも無理は無い。 至極道理である。 「トーイ」 声がした。 「トーイ」 見れば、彼がこっちを見つめ、おいでおいでと手をこまねいている。 「・・・・・トーイ?」 輝愛は訝しげに首を傾ぐ。 「そ。お前の事だ。『トーイ』」 彼は尚も手をこまねいている。 憮然とした表情で立ち上がり、彼のもとへと歩み寄る。 いきなり、おでこと首筋に大きなてのひらがあてがわれ、輝愛は思わず目を見開く。 「――?」 不思議そうな顔をして見つめる彼女を無視し、千影はわずかに表情を緩め、安堵とも取れるため息をついた。 「トーイ、お前、そこにある以外に服・・」 「だからトーイってのは?」 「・・丁度いいだろ、トーイで」 悪びれもせずに答える。 「あたしにも、高梨輝愛って言う、一応立派な名前があるんですけども」 「キア・・・・?何て字書くんだ?」 恐らく、音だけで漢字が想像つかなかったのだろう彼が、思案するような顔で宙を見つめて問う。 「輝く愛で、『キア』」 含み聞かせるように、ゆっくりと台詞を吐く。 「ふむ・・・」 何かしらひとしきり思案して、やがて納得したように息を漏らした。 「似合わん。トーイで充分」 一刀両断とは、まさにこの事か。 千影は表情を変えるでも無く、至極真面目に 「いいだろ、トーイで。はい決定〜」 そう言って、パシッ、とダイニングテーブルを軽く叩いた。 「ちょっと、『決定〜』って何でそんなおもちゃ呼ばわり・・・」 「おもちゃよばわりだと?」 助けてもらった恩も忘れたかのように、一気にまくしたてる輝愛に、しかし千影はわずかに首を傾げる。 「『トーイ』って、『おもちゃ』って意味でしょ」 そう言って、むーっ、と頬を膨らませる。 ――――ナルホド、ね。それもそうか。 千影は心の中だけで納得の感嘆符を漏らし、すぐさま意地の悪い笑みを浮かべる。 「ってことでトーイ」 「輝愛です」 すぐさま突っ込みを入れる彼女を、またもあっさり無視して話を進める。 「俺は今日、不幸な事にお仕事がお休みだったりするのだ」 「―――?」 自慢げにふんぞり返って言う彼の真意が掴めず、眉間にシワをよせて見つめ返す。 「で、お前さんの持ち物は、アレだけだと見たんだが、違うか?」 そう言って輝愛の持っていた小さなカバンを指差した。 こっくりと、無言で頷く。 答えた輝愛に、どこか満足げに頷いてから。 「で、最初の問いに戻るわけだが、『服はそれしかないんだよな?』って聞こうとしたんだよ。俺は」 輝愛は、「ああ、その事か」と思い至って、再びこっくりと頷いた。 彼女のカバンには、着替えが一応入ってはいた。 入ってはいたが、一日分しかない。 つまり、昨日着ていた服と、カバンの中の服、二組しかないと言う事になる。 もともと、輝愛は「自分の物」の洋服は二組しか持っていないかった。 それ程、彼女と祖母の二人の暮らしは厳しかった。 いくつかもらい物もあったが、見ると祖母がいた頃の、楽しかった独身寮の仕事や、入居者を思い出してしまうので、祖母が買ってくれたものだけ、持ってきた。 ようやく身長が伸びるのも止まったことだし、独身寮の入居者のお姉さん達から頂いたお古じゃなくて、新しいお洋服でも買ってあげなきゃね。 そう言った祖母を思い出し、僅かばかり呼吸を止めた。 「OKOK〜じゃ、俺はトイレにでも行って来るから、三分で着替えろ」 「は?え?」 「いいなー三分だぞー」 輝愛の抗議と言うか、問いかけと言うかも虚しく、千影は言いたい事を一方的に告げ、トイレへと消えていった。 呆気に取られていた輝愛だったが、身を翻すと、大急ぎで着替えに取り掛かった。 輝愛が身支度を終え、髪の毛をポニーテールに結い上げている頃、再び千影がのっそりと現れた。 「支度はいいか?」 「支度って・・?」 オウム返しに問う彼女に、やはり彼は答えぬまま、 「よし、んじゃ行くぞ。トーイ」 「行くって、どこに?」 訳も分からず玄関まで引っ張ってこられる。 そこで、輝愛の脳裏に、一番望ましくない想像が駆け巡った。 ――施設に引き渡される―― そう思った瞬間、血の気が引いた。 ずっとこの家に居られる、なんて都合の良い事考えていた訳じゃない。 でも、施設送りにされるのはイヤだった。 両親が死んで、祖母に引き取られるまでのわずかの期間ではあるが、輝愛は施設に入っていた。 そこで行われていた虐待の数々。 それがトラウマとなっていた。 勿論、そんな施設ばかりではないのは頭で分かってはいるけれど、やはり嬉しいものではなかった。 ―――ばあちゃん―― 輝愛は、悲痛な面持ちで今は亡き祖母に助けを請う。 しかし、それに答えてくれる優しいシワだらけの手は、最早存在しないのだ。 「トーイ」 再び呼ばれて、初めて、彼の顔を間近に見上げた。 彼女より頭一つ以上は確実に大きい彼を、まじまじと見つめる。 いつの間にやらジャージから外出用のパンツに着替えたらしい千影は、その視線に一瞬訝しげな顔をする。 「・・・ねえ、どこに?」 消え入りそうな声で問う彼女。 それをまたしても無視し、自らはスニーカーに足を突っ込み、泣きそうになっているこの小さいお姫様を座らせる。 母親が子供にするように、彼女に靴をはかせてやる。 「ちょ・・自分で出来るよ」 子供扱いされて、怒りと照れの為に頬に朱が走る。 「あ、そーだ」 ポケットから煙草を取り出し、口にくわえ、器用に片手で火を点けて、 「俺、川橋さんな」 「かわはし?」 「そ。カワハシ」 靴を履き終えた輝愛を、半ば無理やり玄関から追い出し、尻のポケットから取り出したカギで施錠する。 「ねえ、カワハシ、一体どこに―――」 言いかけた輝愛の眼前に顔を近づけ、これまたいつの間にかけたのか、モスグリーンのレンズのサングラスを指でずらして、いたずらっぽくにやり、と笑う。 「オカイモノだ。トーイ」 そう告げると、両手をポケットに突っ込んで、勝手に歩き出してしまった。 カギをかけられてしまった為、部屋に戻る訳にも行かず、輝愛は一瞬呆けてから、急いで彼の後を追った――― こんぺいとう 2 ―おもちゃのトーイ― 3 へ続く>> |
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| あとがき 千影さんの性格が予定よりはっちゃけてる(笑) こんな人の話を聞かない人になってしまうとは。 おそろしや。 輝愛も遠慮ない娘になってるし。 しおらしくねえ。 あたしには「悩んじゃう内気な可愛い女の子」とか無理くさいです。 あたしの性格が悪いからかなあ・・・? |