| ■こんぺいとう 読み切り みどれんじゃー ■ 何故だか良く分からないが、輝愛がむくれた様な顔をしている。 最早何が原因なのか、千影には知る由も無いのだが、そこそこ長い時間、ああやって眉間に皺を寄せている所を見るにつけ、もしかしたら当の本人も、自分がそんな顔をしている理由を見失っているかも知れない。 千影は、自分が何かまずい事でも仕出かしたのか、と一応考えてはみたものの、やはり思いつく様な事も無かったので、そこで潔く諦める事にした。 ――全く、子供ってのは良く分からん。 心の中でだけ呟いて、メンソールの煙草を一息、深く吸い込んだ。 そう言えば、昔にも似たような顔をした子供に出会った事があった。 その子は恐らく、当時五歳位で、今そこで同じような顔をしている十七歳の子供とは、およそ一回りも違うのだけれど。 ――あれは、確か 千影は十二、三年も前になる、その出来事を思い出していた。 ◇ 晴天である。 蝉の声が良く響く季節柄で、空には白く壮大な入道雲が激しく自己主張をしている。 照り付ける太陽が、それでもまだ幾分凌ぎやすいと感じるのは、もう陽が傾く準備をしているからだろうか。 八月である。 どこも親子連れやカップル等で賑わっている。 今年高校一年生に上がったばかりの千影は、その例に見事に漏れ、ジャージ姿でとあるデパートの屋上に居た。 「何不細工な顔してるの?」 背後から凛とした涼しげな声がかかる。 振り向くとそこには、見慣れた幼馴染の顔。 「不細工は余計だろ」 千影は脹れっ面を維持したまま、声の主、田淵珠子に答える。 長い黒髪を流したまま、千影の横に立ち、顔を覗いて来る。 年齢的には一つ上で、同じ高校の先輩でもあるのだから、本来なら敬語なりを使うべきなのだろうが、物心つく前から一緒に居た珠子に、今更そんな風に対応出来るほど、千影は大人では無かったし、もとよりそんな気も更々無かった。 珠子も珠子で、そんな後輩の態度を、別段気にする素振りも皆無であったから、この二人の関係は、十六、十七歳になった今でも、『仲良しなお隣のお友達』なのである。 「悩み事なら、お姉ちゃんが聞いてあげるわよ、千影」 「・・・・・・・・・・・・いいよ」 千影は微かに頬を染めて顔を無理やり背ける。 見慣れたと言っても、これだけ美しい顔が目の前にあると、知らずと一瞬胸が跳ねるのも事実だった。 しばらくの沈黙が流れ、千影が口を開く。 「俺も」 「うん?」 「俺も赤やりたい」 言って、やはり先程の憮然とも言い難い、何とも不細工な顔に戻る。 珠子は呆れた様に眉尻を下げ、 「何?それだけの事?」 「それだけって言うなよ。だから言いたくなかったんだ」 珠子はやれやれと言った様子で腰に手を当て、片手で髪の毛をくるくると弄んだ。 「良いじゃない、何だって。出れるだけ幸せと思いなさいな」 「でも、俺は赤になりたくてこの世界に入ったのに。折角のチーム初公演なのに。何で紅ちゃんが赤なんだろう。」 そこまで言って、珠子を代わりに睨みつけ、 「俺の方がアクション歴長いのにー」 「それはな、お前の身長が足りないからだ、ちか」 いきなり珠子と千影の間を割って入って来た、そこそこ長身の男。 真柱紅龍である。 若干十九歳の大学生で、在学中にも関わらず、珠子や千影、その他数名の同志を集めて、と言うか巻き込んで、アクションチームを設立した張本人である。 今日は、そのアクションチームの初めての単独公演なのだ。 単独公演と偉そうに嘯いても、実際はデパートの屋上でのヒーローショーである。 しかし、メンバー達はそれこそ大喜びで、学生連中のメンバーが多数の中、夏休みなど返上で稽古に励み、今日がその本番、と言う訳である。 「紅ちゃんがデカイのがいけないんだろ」 「俺が別にでかい訳じゃないさ。まだまだ成長期だ」 「でも俺よりはデカイ」 「だから、紅が赤で千影が緑なんじゃない」 紅龍と珠子に双方から攻撃され、いよいよ押し黙ってしまう。 ちなみに、現在の紅龍の身長、176cm、対する千影の身長は169cm。 「ちか」 紅龍が千影の両頬を、その大きな掌で包んで自分の視線と無理やりに絡ませる。 「なん・・」 「小さな事に拘るな?見に来てくれる子には、赤が好きな子も、ピンクが好きな子も、緑が好きな子も居る。俺達は、一回幕が開いたらヒーローなんだ。子供の期待を裏切ったら駄目なんだ」 そこで軽く一呼吸して、 「それに」 「それに?」 「終わったあとのあの何とも言えない感覚を味わってみろ。二度と離れられなくなるぞ」 そう言って、紅龍は千影を開放すると、踵を返しバックステージへ向かった。 「ちゃんとアップしとけよー」 と、背中だけで声がした。 「終わったあとの感覚かぁ・・偉そうだぞ、紅ちゃん」 「でも紅はさ、本当にやめられなくやっちゃったんだって。だからチーム作ったって言うし」 千影より一寸先に舞台に立った紅龍。 その時の感覚から離れられなく あり、アクションチームを設立した、と言うのも、まだ事実なのである。 「良いじゃない、ヒーローってだけで。あたしなんか悪役よ?」 「珠子激しくぴったりじゃん」 「こら!」 結構本気で殴りに来てる珠子の拳打をかわしながら、二人とも先程紅龍が向かったバックステージに向かった。 ◇ 「うやー、すごい人いっぱいいるやねー」 「夏休みの日曜の夕方だしねえ」 「席満席じゃない?」 バックステージからそろそろと、観客にバレない様に客席を伺うメンバー達。 出番が目前なので、皆一様に衣装を身に着け、悪役はメイクも当然終わっている。 ピンクや黄色や青の全身タイツのヒーローと、やたらキラキラ派手な装飾のされた、実際良く分からない衣装を身に着けた悪役連中。 それらが折り重なってトーテムポールの様に観客席を伺っている姿は、一種異様な雰囲気であり、その後姿たるや、笑わずには居られない程滑稽でもある。 「じゃ、お先に行って参ります!」 司会進行、俗に言うヒーローショーでは必ずと言って良いほど存在する、「おねえさん」役のメンバーが、一人、先に舞台に走って行く。 舞台上では、「みなさーん、こんにちはー!」と、張りのある声で子供達と挨拶を交わしている声が聞こえる。 こうなるともう、バックステージは一気に緊張の渦に巻き込まれる。 上手下手でスタンバイしているメンバーが、それぞれに円陣を組み、手を重ねて気合入れを行う。 千影も紅龍も、下面を被り、メットも装着済みである。 お互い目が合って、にんまりと目だけで笑う。 ステージ上での子供達への注意点の解説が終わり、子供達の視線はおねえさん役の彼女に集中している。 そこでお決まりの台詞である。 「じゃあ皆で五人のヒーローを呼んでみよう!お姉さんが『せーの』って言ったら、皆は一番大きな声で呼んであげてね。いっくよー」 『せーの!』 子供独特の高い声でも叫び声の様な呼び掛けがかかる。 途端にSEが大きく流れ、照明が激しく点滅する。 下手から下っ端悪役のメンバーが数名飛び出し、客席を襲いに行く。 それを確認してから珠子が後ろ手に、 「じゃ、行きます」 と言い残して舞台の上に消えて行った。 客席は悲鳴や泣き声に包まれる。 よほど珠子が怖いのか、と思い、千影はメットの中で含み笑いをした。 そう言えば、珠子の悪役メイクはやりすぎていたかも知れない。 メンバーにさえ、「不気味」だの「怖すぎる」だの言われていたのだ。 子供が泣き出すのも、道理だろう。 「ちか」 ぽん、と肩を叩かれる。 「ぼーっとするな、行くぞ」 「うっす!」 きっかけの音と共に、上手に控えていたヒーロー五人は、舞台に走って行く。 そして。 ◇ ―――すげえ。 千影は高揚感とも興奮とも感動ともつかない、奇妙な感覚を味わっていた。 舞台上で殺陣をしながらも、ずっとその妙な感覚に身を委ねている。 背中では子供達の歓声がはっきりと聞き取れる。 肌にはライトの熱、音響の空気の並。 頭には直接響くような音、音、音。 全てが異質だった。 千影の意識は、普段と別の場所に隔離された様な感覚であった。 だからと言って、殺陣が疎かになったりだとか、動きが鈍くなったりするかと言うとそうではない。 むしろその逆で、舞台の上で自分がどこをどう動かしているのか、細部に渡ってまで実感出来る様に、自分の身体が自分の能力以上の物を発揮しているかの様に感じた。 僅か30分弱の短いショーであったが、その間がとてもゆっくりと、しかし鮮明に、高速に感じた。 気が付くと、30分のステージは幕を閉じていた。 言葉にならなかった。 下手にはけ、舞台から降りたにも関わらず、千影は言葉を発する事が出来なかった。 ほんの僅かの休憩があり、 「出るぞ」 紅龍の声を合図に、ヒーロー五人は子供達と握手をする為に、再びステージに戻った。 再び歓声に包まれる。 上気した顔の子供達が、順々に握手を求めて列を作る。 皆一様に、自分達を本物のヒーローであると信じて疑わない。 純粋な瞳で、 満面の笑みで、 自分達に握手を求めてくる。 正直、嬉しかった。 が、同時に俺は本物のテレビのヒーローじゃないんだよ、 と言う申し訳無さもあった。 それでも、子供達の心からの笑顔に、心底救われた。 ――でも メットを被ったままなので、目線だけ動かしてちらりと紅龍を見る。 ――やっぱし赤のが人気あるよなあ。 次こそは赤に入って、紅龍を見返してやろうと思っていた。その時だった。 「―?」 列の一番後ろに並んでいた男の子が、睨む様な目付きでこちらを見ている事に気付いた。 顔を真っ赤にして、頬を膨らませて、口をつぐんで。 その子の視線は、間違いなく自分に注がれている。 それでもその子、―恐らく五歳位だろうか―は、順々に赤、黄色、青、ピンクと握手をして行く。 その四人と握手する際は、普通に笑顔なのだ。 しかし。 やはり、千影の前まで来ると、一歩後退り、頬を真っ赤にしたまま無言でこちらを眺めているばかりである。 ――嫌われてるのかな、俺。 何だか無償に寂しくなったが、そこはそれ。態度に出さない様に極力努めた。 平静を装って、そのまま手を差し出す。 しかし、男の子は握手をしようとはしない。 ――ほら、やっぱり赤じゃないと―― 千影がそうと知られない様に息を吐くと、男の子の父親が、苦笑しながら男の子を抱き上げ、 「ほら、お前の大好きなグリーンだぞ」 と言って、男の子の顔を、千影のメットの前まで持ち上げた。 すると、男の子の顔はみるみる満面の、今までどのヒーローにも見せなかった笑顔になって行き、 「グリーン!」 と千影を呼んで、千影の、グリーンの首にひし、としがみ付いた。 そのまま、すぐには動けなかった。 我に返り、首に巻きついた小さな彼を、両手で抱えた。 男の子は、笑っていた。 「こら、グリーン困ってるぞ、駄目だろ」 父親は、息子の腕を千影の首から外し、地面に息子を降ろして。 男の子は、あの笑顔のまま、握手をして、父親と手を繋いで帰って行った。 まだ帰路についていない観客の残る観客席に向かって、手を振りながら、五人は退場する。 バックステージに着くなり、メンバーはメットと下面を外し、先にバックに戻って待機していた悪役メンバー達と合流する。 「やったー!」 「成功だよね、大成功!」 「気持ちよかった〜!」 口々に興奮気味に言葉を漏らす。 「じゃ、とりあえずみんな、お疲れ様でした!」 『お疲れ様でしたー!』 紅龍の声に、メンバー全員が嬉しさの滲む声で答える。 ばらばらと衣装の着替えに向かうヒーロー達。 「ちか?」 未だにメットを外していない千影を見つけ、歩み寄ってくる紅龍。 「いつまで被ってんだ?早く脱げ」 言いつつ千影のメットを外す。 と、 「――お前」 「見んなよ!」 驚いて呟く紅龍に、千影は急いで後ろを向く。 しかし、そんな事でゆるしてくれる程、この男は優しくは無いのである。 「なーんで泣いてるの、ちか?」 「うるせー」 わざわざ肩を組んで顔を覗いて来る。 しかも、嫌らしい位にやにやした顔で、だ。 千影は尚も流れてくる涙を必死に袖で拭いながら、口をへの字に結んでいる。 紅龍はそれこそ嬉しそうに目を細め、 「やめられなくなっただろ、な?」 と、耳元で呟いた。 千影は無言のまま頷いて、一端納まりかけた涙がまた頬を伝うのを、急いで拭った。 「あー紅!何千影泣かしてるの!駄目でしょ!」 目ざとく二人を見つけた珠子が、二人の間に割って入り、千影の頭をなでなでしながら、 「あのオジサンに苛められたのね!?可愛そうに!」 と大げさに千影を抱き締めて、ジト目で紅龍を睨む。 紅龍はにっこり笑って、 「珠子さん、この舞台の撤収、一人でおやりになりたい?」 「ぐ・・」 紅龍の権力攻撃に一瞬怯みつつ、再び胸を張って、 「あたしの可愛い弟を苛めないでよね!オジサン!」 「苛めてないよ、なあ、ちか?」 しばらくそんな漫才を繰り広げ、同時に千影を見る姉貴分と兄貴分に、ようやく涙の乾いた千影は、声を上げて笑った。 ―――やめられなくなっちゃったなあ、本当に。 ◇ そうだ、あの時のあの子の顔に似てるんだ。 千影は未だにむくれっ面をしている輝愛を眺めて、そう思い至った。 しかし、思い出す度に恥ずかしい思い出である。 だが、自分をこの世界に繋ぎ止めてくれたのは、紛れも無くあの少年である事に、今も代わりは無い。 「そう言や、あの子は今はアイツくらいか?」 13年前に5歳なら、今は輝愛の一つ上の18歳である。 そう考えると、この娘と一緒に仕事をしていると言う事も、何だか不思議に感じてしまう。 「年取ったって事か。そりゃそうだわな」 気が付くと、一口しか吸っていない煙草が、灰皿の上で灰になっていた。 仕方なくもう一本に火をつける。 しばらくそうやって、静かに煙草をふかしていた。 ――やれやれ。 一向に機嫌の宜しくならないらしいお嬢様を、何とかなだめるとしましょうか。 そう思い、やっと腰を上げる。 「このままじゃ夕飯食いっぱぐれちまう。明日も稽古早いんだし、そろそろ機嫌直してくれんとなぁ」 煙草の火を消し、輝愛の後ろに立って頭をくしゃ、と撫でる。 振り返った輝愛は、いつもの様に上目遣いで千影を見つめて、にこっ、と笑った。 ――おいおい、さっきまでの不機嫌は一体どこ消えた。 半ば呆れつつも、これで今夜の夕飯に窮する事は無いだろうと、内心胸を撫で下ろす。 全く、子供ってのはいつも良く分かんないもんだな。 ま、そこが良いんだけど。 こんぺいとう 読み切り みどれんじゃー 終わり |
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| あとがき 過去のお話です。 千影さんが今の輝愛より若い16歳です。 ぎゃー(悶絶) 若い・・・(笑) さすがにそこまで捻くれてませんね・・・・ 珠子と仲良しというか、むしろデキてるようにすら感じます。 ええそりゃもう。 珠子が初恋だったりするんでしょうか・・・似合わな・・ゲフ! |
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