| ■innocence ―序章― ■ 風が吹き荒れていた。 草原である。 言い方を変えれば、荒野、と呼べなくも無い。 そう、これは必然。 どんなに偶然と思える事も、今このあたしが置かれている状況の中では、全て必然なのだ。 この吹きすさぶ風も、 怪しくなって行く雲行きも、 眼前に広がる草原も、 そこに現れた下級魔族の群れも。 そして、それに立ちはだかる彼も。 全ては仕組まれた必然。 逃れられないカイロス。 動き出したのだ。 全てが。 世界が。 音を立てて。 人知れず。 破滅への道標と共に―― ◇ 「黒龍炎(ブラド・ラグア)!」 あたしの放った一撃が、一匹の下級魔族(ヴァルジャ・デーモン)に直撃、肉薄する。 咆哮を上げる下級魔族。 しかし、まだ致命傷には至らない。 「水崩覇(アクア・ブラス)!」 シリウスが広範囲攻撃型の水系列の呪文を解き放つ。 槍状の放たれた水が、目標物全てを目指し、風を切る。 ざしゅざしゅずしゅ! 彼の放った一撃を、まともに食らう下級魔族達。 さすがに広範囲呪文を避ける術は持っていないようである。 しかし、下級と言えども魔族は魔族である。 その厚く覆われた皮膚は、普通の物理攻撃は受け付けないようになっている。 精霊媒体の物理呪文では、ダメージはほぼ皆無。 しかし、内側には物理攻撃でも効く! 「重雷轟陣(アレク・ヴォルド)!」 腰に仕込んだ短剣を抜き放ち、その剣に雷系列の術をかけ、地面に突き立てる。 「グシャアア!」 「ゴルギャアア!」 「シギャア!」 思い思いの断末魔の声を上げ、内側から四散していく下級魔族達。 水の呪文によって濡れ鼠になっていた状態に、電気が走ったとしたら・・ 感電するのは、目に見えている。 勿論、普通の威力の術では力量不足。 あたしはちゃんと術を増幅させておき、尚且つアレンジを加えて剣を媒体に、奴らの体内に術が入り込むようにしたのだ。 それで、この様な見事な圧勝となった訳である。 ――キンッ。 小さな音を立てて短剣を鞘にしまう。 前髪をかきあげて彼を振り返ると、やっと安堵したように小さく笑った。 「ナイスフォロー、ね。助かったわ。ありがとう」 「か弱い女の子一人で戦わせる訳に行かないでしょう。男として」 雲行きが本気で危うくなってきている。 そろそろ、一雨来るかもしれない。 「か弱い自覚はないんだけど?」 「そりゃそうだ。君は僕なんかより全然強い」 あたしは軽く眉をひそめて、右手の拳を彼に向かって放つ。 彼はひらりと身を翻して、片手でその拳を受け止める。 ―パシ。 拳が掌にすっぽり包まれた瞬間、乾いた音がした。 ――ぱた。 まぶたに冷たい物を感じて空を見上げる。 本格的に暗くなった空は、まだ日が昇っている筈の時間なのに、夜のような色をしていた。 その黒い雲から、ぽつりぽつりと大粒の雫が落ちて来る。 「――急ごう」 彼はそう言うと、間近に迫った待ち目掛けて走り出した。 あたしも無言でその後を追い、すぐに彼の右隣に並ぶ。 ぱたぱたと身体に落ちていた雨粒が、彼の横まで来た頃には感じなくなっていた。 「―?」 不審に思って瞳だけを動かして上を見てみると、無言でマントであたしの頭上を覆っていてくれた。 彼に視線を移しても、真っ直ぐ前を見ているだけである。 「・・か弱くないって、言ってるのに」 彼にも聞こえないくらい小さく呟いた。 まだ誰も気付く事の無い、複雑な想いを抱えながら。 恐らくその時のあたしの表情は、かなり険しかったに違いない―― ◇ 「取り合えず、『焔』に関する情報を集めた方がいいわね」 街まで走り付いて、商店街の軒先の屋根の下。 恐らく夕立だろう雨は、今が最盛期とばかりに勢いを増している。 「君は、どうして・・・」 彼が浮かない口調で、降りしきる雨を見つめながら言った。 「だって、焔に会いたいんでしょ?あなた」 ショルダーガードについた水滴を、無駄な抵抗と分かってはいても手で払った。 「それがどういう意味か、君は分かってるの?」 濡れたフードが煩わしいのか、ちょっとしかめっ面をして目深にかぶり直す。 いっそ、堂々と顔を出していた方が目立たないんじゃないだろうか、なんて無責任な考えが頭をよぎる。 まあ、禁忌をひけらかして歩くのは、どう考えても好まないらしい事は確かだった。 最も、堂々としていた所で虐げられているのは目に見えているのだから、懸命な措置、と言えるだろうが。 「意味なんかどうでもいいのよ。あなたが焔に会いたいなら、あたしはそれを実現させるまでよ」 白んできた空に、いい加減雨粒を落とすのは止めなさい。 なんて、心の中で思ってみたりして。 肩と肩とが触れ合っている距離。 これは、あたしと彼にとってはお互い近すぎる距離。 早く雨よあがって。 あたしをここから抜け出させて。 「君は、どうしてそんな事をするの?」 いつの間にか、フードの中の瞳があたしを捕らえていた。 「君にとっては、全く関係の無い事なのに、何故・・?」 あたしは一瞬彼の視線を捕らえ、すぐにまた空に目を移す。 そしてそのまま、彼の顔を見ないように言った。 「それが、あたしの仕事だから」 「・・・仕事?」 彼が眉をひそめ尋ねる。 「そう、仕事」 「それは一体・・・」 明確な答えを避けるあたしを、不審がる様な、訝しがるような雰囲気で眺める。 「やらなきゃいけないの」 あたしはわざと明るい声で言った。暗く、落ち込んでいたってどうしようもない話なのだ。 「それが決まりなの」 「決まり?決められているから僕と一緒に?」 「そうよ」 「じゃあ、君の意思は?」 こんな状況でも、あたしみたいな人間の心配すらしてしまう。 彼が、哀れに思えた。 あたしはわざとふふん、と鼻で笑って、 「あたしが人の指図だけで動くと思う?あなたに手を貸す、それがあたしには妥当に思えた。だから今、こうしてここにいるの」 「でも、君の自由は・・・」 「ローディア」 「え・・」 彼の言葉を遮って、あたしはあたしの名前を、声を張って口に出す。 「君、じゃなくてローディアよ。呼びにくかったら、ロードでもいいわ」 光が天かこぼれて来る。見上げると、いつ止んだのか、もう雨は残ってはいなかった。 「ね、シリウス」 あたしは彼の方を振り返り、にっこり笑って見せた。 髪の毛を濡らしていた雫が、振り返った瞬間宙に舞う。 その雫が太陽に反射してきらきら輝いていた。 ――綺麗―― なんて、ガラにもなく思ったりして。 「これからはあたしがあなたの名前を呼んであげる。だから、あなたもあたしを名前で呼んで」 フードの中の真白い髪の毛を、さらり、と指でなぞる。 頼りなさげな瞳が、今にも泣き出しそうな色をたたえているような気がした。 あたしは彼の頬を両手で挟んで、 「ね、シリウス」 そう言って笑った。 彼は、そろそろと何か壊れ物にでも触るかのように、ゆっくりゆっくりと、あたしの手に触れて微かに微笑した。 「・・・ローディア・・・」 フードの中の瞳に、心配ないよ、と微笑んであげる。 それで彼が安心するのなら、あたしは何度だってこうして笑ってあげよう。 あたしは遥か地平線を眺めた。 さあ、悪夢の始まりだ――― innocence第二話 ―序章― 終わり 第三話へ続く |
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| あとがき 続きUPです〜。焔とか白銀ってなんやねーん とか自分つっこみしつつ。 ああ、設定をちゃーんとUPできるまで煮詰めます。 大体出来てると思ったら、実は穴だらけだったことに今気付き(笑) 次回までに煮詰めねばいけません。 シリウスがよわっちいですね。ローディア屈強ですよね。 いいのかこんなんで。 乙女チックのかけらもないぞ、いいのかこれで。 |